金属を削り、磨いて特注部品へ
地域の絆と一貫生産で躍進する荒木鉄工所
三重県四日市市に拠点を構え、1984年の設立以来、精密な切削や研磨加工で一品一様の特注部品を製造する有限会社荒木鉄工所。2007年に二代目として代表取締役に就任した荒木常司氏は、最新鋭の機械を導入して一貫生産体制を敷き、取引先を大幅に拡大させてきました。先代から受け継がれた地域への貢献と、消防団を通じた強固な人の絆が、温かな社風を生み出している同社。Big Advanceが主催するホームページコンテストでの入賞から、人と人とのつながりを大切にした運営方針、新建屋での新しい取り組みまで、荒木代表とご家族にお話を伺いました。
有限会社荒木鉄工所 代表取締役 荒木 常司 様
親子二代で信頼を築き上げ、設備投資で加工体制を強化
─ まず、会社の概要やこれまでの歩みについて教えてください。
当社は僕の父が1973年に独立して創業しました。金属や樹脂などの材料を切削・研磨して、お客様の依頼に合わせた特注の治工具や機械部品を一つひとつ作っている会社です。父はもともと大手ベアリングメーカーに勤めており、独立後も同社との直接取引の口座を開設してもらえたことが、会社を安定運営する上で非常に大きかったです。そして創業から約10年後の1984年に、現在の有限会社荒木鉄工所を設立しました。
僕自身は1998年に入社しました。家業に入る前は、父の高校の同級生が社長を務めていた会社で5年間修業させてもらいました。そこで設計を約2年、現場を3年ほど経験して。当初、家業を継ぐつもりは全くありませんでしたが、修業先では「いつか実家を継いで辞めるのだろう」と思われていましたね。結局、退職して家業に入りましたが、その会社とは現在でも良好なつながりがあり、お仕事をいただいています。
─ 2007年に代表に就任されましたが、注力されたことはありますか?
当社は父の代から一貫して、量産ではなく一品一品異なるものを製作する「単品屋さん」です。僕が2007年に社長に就任してからは、この強みをさらに強化するために積極的な設備投資を行ってきました。
一つの部品を作るためには切削や研磨加工などさまざまな工程がありますが、当時の当社には、各工程に見合った機械は少なかったんですね。例えば、自社では切削加工のみを行い、研磨加工は近所の研磨屋さんにお願いしていました。しかし、その研磨屋さんがご高齢で辞められてしまって。そこで父に「研磨機を入れたい」と相談して導入し、一貫して自社で加工できる体制を整えました。
その後も補助金等を活用して新しい機械を導入するなど、いろいろな機械をそろえ、対応の幅を広げています。僕が入社した当時は4、5社だった取引先も、現在では40社以上にまで拡大しました。父は60歳を過ぎた頃から僕に自由にやらせてくれていて。父なりの不満もあったかもしれませんが、何も言わずに見守ってくれたことは本当にありがたかったです。

多くの機械が並ぶ工場内部
従業員の士気を保つため、不況下で取り組んだ新規開拓
─ 事業を拡大される中で、これまでで最も苦労された時期や経験についてお聞かせください。
2008年のリーマン・ショックの時期が最も大変でした。当時の経済状況の悪化により仕事が激減してしまい、新規開拓のために近辺の大手企業さんへ自ら営業に奔走しました。不況下であっても大企業の研究開発系の仕事は動いていたため、徐々に受注も回復し、何とか危機を乗り超えました。
一方で、あの時期に僕が恐れていたのは、従業員のモチベーションが下がってしまうことでした。元々、従業員は毎日たくさんの仕事をこなしてくれていたのですが、リーマン・ショックで仕事が減り、落ち着いたペースで働く日々がしばらく続きました。ありがたいことに景気が戻ってからも従業員は変わらず頑張って働いてくれて、今も感謝しています。
─ 大変なご状況を従業員の皆さんと乗り越えたのですね。
はい。おかげさまで、僕が入社してから今日に至るまで「仕事が全くない」という状況に陥ったことは一度もなく、常に8割以上の高い稼働率を保つことができています。いつも頑張ってくれている従業員は宝です。彼らに長く働いてもらえるよう福利厚生を充実させる等して、従業員が働きやすい環境作りに務めています。経営におけるお金の管理や細かな数字については、僕は全くわからず、妻にすべて任せきりですが。僕は僕で、ひたすらお客様が求めていることに対して向き合っていくことを大事にしています。
転機は消防団への入団。地域のつながりが支える人材確保
─ これまでの人生の中で、転機となった出来事や記憶に残る出会いのエピソードを教えてください。
20歳の時に地域の「消防団」に入ったことが人生の大きな転機ですね。実は、父は民生委員や少年警察協助員など数多くの役回りを引き受ける非常にボランティア精神が旺盛な人間で、本業よりも地域活動の方が忙しいくらい地元では有名な人格者で。父に勧められて消防団に入ったおかげで、地域の人たちとのつながりや仲間がたくさんできましたね。僕自身、消防団の分団長も経験させてもらいました。現在は部長として役を務めていますが、出初式への参加や、夏の操法大会に向けた練習など、今でも頻繁に活動しています。
この消防団でのつながりが、現在の当社の人材確保と定着率の高さにつながっていると思います。現在現場には7名ほどの従業員がいますが、一番長く勤めてくれている入社26年になるベテラン従業員も近所の方で消防団員です。さらに、消防団つながりで、団員のご家族が何人も働いてくれています。他にも、昔から付き合いのある電気屋さんの息子さんなど、顔なじみばかりが集まっています。そのおかげもあってみんな仲が良く、とてもアットホームな雰囲気です。
─ そうすると未経験からの入社が多いのでしょうか?
未経験から入社する方もいますが、鉄を少し触ったことのある曲げ屋さんや溶接屋さんから加工屋に転身した方もいます。未経験からスタートの方も含め、みんな素晴らしい腕を持つ職人に育ってくれました。20代の若手もいますが、昨年は退職者の代わりに63歳の方が入社してくれました。「70歳まで頑張る」と意気込んでくれています。
娘の入社とコンテスト入賞。未経験から手掛けたホームページ制作

社員で荒木代表の娘の美陽様。2匹の愛犬とホームページコンテスト入賞の記念品とともに
─ 今回、Big Advanceのホームページコンテストで見事入賞されました。制作の経緯やこだわった部分を教えてください。
今回のホームページは、今年当社に入社したばかりの娘が担当し制作してくれました。本人には言っていませんが、娘が入社してくれたことは本当に嬉しかったんです。それで、コンテストがあると聞いて「ちょっと頑張れよ」と背中を押しました。それが賞をいただけてとても嬉しいです。
美陽様:入社したてで、会社の事業内容も理解できていない状況だったため、以前から持っていたホームページの素材も使いながら作りました。ただ、1枚しか載せられない画像枠に複数の写真をレイアウトして見せるなど、視覚的な部分にはこだわりました。写真はスマートフォンのアプリを使ってコラージュしました。また、Big Advanceには文章をAIが作成してくれる機能もあったのでそちらも活用しましたね。作業時間はそれほどかからず簡単に進めることができました。レイアウトや見せ方は、他社のホームページもいろいろ見て参考にさせてもらいました。

1枚しか使えない画像枠に複数の写真をコラージュし、現場の様子を伝わりやすく見せている
従業員との絆を原動力に、新建屋での次なる挑戦
─ 最後に、今後力を入れていきたい活動や事業の展望についてお聞かせください。
今後の大きな展望として、今年購入した工場の隣接地の活用計画があります。当社はこれまで単品屋さんとして一品一様の精密加工を強みとしてきましたが、今後は新しい建屋を建設し、もう少し数を増やしたロット単位の仕事も取り入れられる体制を構築したいと考えています。
そしてやはり大切にしたいのは、これまで支えてくれた従業員たちとの絆です。今まで以上に深く仲良く、チームワークを大切にみんなで頑張ってやっていきたいと思っています。僕は本当にずっと人に恵まれてやってこられました。企業間のつながりももちろん大切ですが、仕事をいただくのも結局は「人対人」が大きいです。地域とのつながり、従業員という宝を原動力に、これからも挑戦し続けていきたいです。
<会社情報>
| 有限会社荒木鉄工所 | |
|---|---|
| 所在地 | 三重県四日市市大字羽津4364 |
| 設立 | 1984年7月 |
| URL | |
| ※情報と肩書は取材当時のもの | |


