2026年07月06日

「ここには何もない」を覆す
球磨川アーティザンズが無添加ジャムで叶えたい地域の未来

25年間アメリカで公認会計士として活躍したのち、故郷である熊本県人吉市で球磨川アーティザンズを立ち上げた代表・田畑奈津氏。外からの視点で見つめ直したとき、人吉球磨地方の豊かな水や農産物の素晴らしさを実感する一方、その価値を発信しきれていない現状や、農業従事者の減少という地方の課題に直面します。

そうした現状を打破すべく、同社では生産者から適正な価格で素材を仕入れ、無添加・手作りに徹底してこだわった上質なジャムや調味料を展開。洗練されたパッケージとともに高級ギフト市場へアプローチすることで、地域の農産物に高い付加価値を与えています。

さらに、地方から世界へとつながるビジネスモデルの確立を目指し、海外輸出や次世代の育成にも取り組む田畑氏。地域と農業の未来を見据えた「壮大な社会実験」の歩みを伺いました。

合同会社球磨川アーティザンズ 代表社員 田畑 奈津 様

外の視点で見つめ直した、地元の豊かな農産物と新しい挑戦

─ まず、御社の事業概要と、起業された背景について教えてください。

私は25年間アメリカの西海岸に滞在し、前職は公認会計士をしていました。非常にインフラも気候も良い環境で暮らしていましたが、高齢になった母と晩年を一緒に暮らしたいという気持ちが強くなり、2019年に帰国しました。同じ年に球磨川アーティザンズを設立し、人吉球磨地方の山と水が生んだ豊かな農産物をジャムやシロップなどにして販売しています。明治時代から続く人吉のお茶屋さんのおかみさんが共同経営者で、地元の人たちと深くかかわってきた彼女と二人三脚で運営しています。

─ 今の事業を選ばれた理由は何ですか?

良いものがたくさん作られているのにそれが発信できていないことや、農業従事者がどんどん減っていることへの課題感があって、そんな故郷をなんとかしたいと思ったのが理由です。

帰国して、改めて外国人目線(外からの視点)でこの地域を見たとき、食べ物や水の良さを実感しました。熊本はとにかく水が良くて、水道水だってとても美味しい。さらに、日本有数の生産量を誇る「玉緑茶」をはじめ美味しい農産物がたくさんあります。でも、それが知られていない。ということはやはりマーケティングがうまくいっていないんですよね。また、この地域は水害も多いですが、生産者の方はそういった理不尽な自然と向き合って、私たちの糧となるものを作ってくれています。食料自給率の低い日本で、いわばヒーローだと思うんです。でも、農業人口もどんどん減っていっています。

そしてそんな中、若い人たちはこの山に囲まれた地域で育ち、広い世の中とあまり関わることがなく社会に放り出されます。すると「ここには何もない」と思いがちだけど、そうではないんです。私がこの会社で、地方にいても世界とつながれるようなビジネスモデルを作って、農業に少しでもスポットライトが当たって、「地方でも活躍できる」と思ってもらえるような土台を作りたい。そう思って球磨川アーティザンズを立ち上げました。壮大な社会実験みたいなものです。

─ 代表ご自身はなぜ海外でのお仕事を選ばれたのでしょうか。

もともと高校2年生の時に、1年間の海外交換留学を経験していたので、海外に行くこと自体へのハードルは低かったんです。加えて私が新卒で入社した頃は、まだ男女雇用機会均等法が始まって5年目で、女性には「5年後にはこうして、10年以内には結婚して……」と、あらかじめ決まったレールが敷かれているような時代でした。私はなかなかその枠にはまりきらなかったのだろうなと思います。そこで、アメリカに行って「先生」と呼ばれるような専門職で、英語が完璧でなくても数字を扱うお仕事であれば言葉のハンディキャップを持たずにできるかなと思い、会計の道を選んだという成り行きのような部分もあります。

無添加・手作りの上質なジャムを、価値の伝わるギフト市場へ

─ 商品の特徴や商品開発でこだわっている点について教えてください。

商品づくりにおいては、地域の農作物を使って「無添加で手作り」ということに徹底してこだわっています。商品のラインナップには、人吉球磨の豊かな恵みを活かした、素材本来の味わいを楽しめるジャムやコンフィチュール、フルーツバター、調味料を揃えています。

例えば「梅ピュレ」は、人吉球磨産の青梅とお砂糖で作っていますが、突き抜けるように爽やかな仕上がりです。パンやヨーグルトにはもちろん、お料理にも合うので醤油やお酢に混ぜたり、ドレッシングに入れたり、幅広く楽しんでいただけます。実は一番最初に始めたのがこの梅でした。人吉は梅の木が多く、梅狩りに行って梅干しや梅酒を作るような「梅仕事」がとても日常的。そんな梅で珍しくて美味しいものが作れないかなと思ったんです。また、この地域は栗の産地なのですが、「はちみつ入り栗バター」は人気商品で、特に冬は売れ行きが良い自慢の品です。栗と人吉球磨産のはちみつと高千穂バターを合わせているのですが、栗をすべて手作業で剥いているから、渋皮の雑味みたいなものが一切ないんですよ。

他にも、様々なジャムを作っていますが、当社はミックスジャムを得意としています。ゆずと梅を合わせたり、ブルーベリーと桃を合わせたり。一つのフルーツだけでは味に複雑さが出ないのですが、複数種かけ合わせることで味に深みが出るんです。寒い地域のジャムは大体リンゴがベースなのですが、この地域はリンゴが採れません。でも桃は山のように採れるので、桃をベースに色々な素材を組み合わせたジャムを多数作っています。

─ パッケージもおしゃれですが、ブランディングはどうされていますか。

何が正解かは分からないのですが、引き算を重視してデザインしています。当社の商品は安価ではないですし、主にギフト市場をターゲットとしていて、そこに合致する施設や店舗さんに置きたいと考えています。今は百貨店やセレクトショップ、ラグジュアリーホテルなどで取り扱っていただいているのですが、この市場と価格帯に合うように、海外の製品などを参考にシンプルさを追求した高級感あるデザインを目指しました。瓶のサイズも、大体3人家族の方がギフトでもらったときに1週間以内に食べきれるようなサイズを想定しているんですよ。

桃をベースにした「ブラッドオレンジと桃のコンフィチュール(右)」や「ブルーベリーと桃と国産ワインのコンフィチュール(右から2番目)」

水や炭酸水で割って楽しむコーディアルシロップも多彩

─ Big Advanceでは商談会に参加されていますね。

Big Advanceは金融機関のおすすめで加入しました。販路拡大に活用したいと思い、オンライン商談会の「えんむすBA」では九州や中国地方の百貨店など大手バイヤーとの面談の機会をいただけました。やはり既に確立している販路でも、そこのお客様が飽きたり志向が変わったりすることもありますから、継続的に販路を求め続ける必要があります。普段から定期的にチェックして活用しています。

日本の農作物の魅力を世界へ、そして地域の未来を担う若者へ

─ 現在の課題と今後の展望について教えてください。

今、本当に悩ましい課題だと感じているのは、品質を下げずにどうコストを抑えていくかという点です。いろいろなものが値上がりしており、本当に心苦しいのですが価格を上げざるを得ない局面もあります。当社には「生産者さんからは絶対に値切らない」というポリシーがあるんです。先方の言い値より多めの対価をお支払いする時もあるくらいで、「そんなに安くちゃいけないんです」と言ってしまったり。背景の一つには、今の日本のデフレスパイラルに対する危機感があります。

私が大学生だった40年近く前と今とで日給がほとんど変わらず、最低賃金で働いている方も多い。最低賃金で働くということは、ギリギリの暮らしを強いられるということです。みんなが我慢することに慣れてしまっていて、どう脱却するかは大きな課題だと思います。ですので、お客様への負担はなんとか抑えたいと思いつつも、全体の所得を上げていかなきゃという思いで頑張っています。

─ 他にも注力したいと考えていることはありますか?

先に見据えている一番やりたいことは海外への輸出です。人口も減少し消費する力自体が細っている日本国内だけでなく、海外へ目を向けるべきだと考えています。日本の農作物の力強さや、農業に関わる方々の情熱や努力、汗と涙を、どうにかして世界へ届けたい。すでに香港や南アフリカのお客様とのお付き合いがあり、先日はロサンゼルスでの商談会にも参加しました。

ハードルは高ければ高いほどやる気が出ます(笑)。ゆずや梅といった日本ならではの果物がまだまだ珍しい中東地域はもちろん、本物志向のヨーロッパの人たちにも、ぜひ食べていただきたいですね

─ そういう姿はきっとこの地域の若い方の刺激にもなりますね。

そう願っています。この地域はあまりインターンやアルバイトに寛容ではないのですが、私は大学で定期的に講演をして、インターンにも来てもらっています。商業系の高校の生徒さんと一緒に企画して販売する、といった取り組みを行っているのですが、そういった時にいろいろな話をします。「地方にいても世界とつながれるよ、この地域はこんなに素敵なところなんだよ」ジャズトランペット奏者のマイルス・デイヴィスの言葉を借りて「知識は自分を自由にしてくれて、無知は自分を奴隷にするんだよ」と伝えています。

私自身は子どもの頃、映画「スターウォーズ」に触れたことが海外への関心のきっかけでしたが、何か一つの情報でも、そこから「これは何だろう」と調べるようにする。それが自分の知識となれば、いつかそれが新しい世界とつながったり、人とつながったり、ビジネスにつながったりすることがあると思うんです。だから、知識や教養には貪欲になった方が人生は生きやすくなるよ、と。ゲームが好きなら好きでもいいけれど、その中から何かを勉強しなさい、と話しています。

<会社情報>

合同会社球磨川アーティザンズ
所在地 熊本県人吉市鬼木町善生院806-3
設立 2019年6月
URL

https://kumagawaartisans.com/

https://www.instagram.com/kumagawa.artisans/

※情報と肩書は取材当時のもの
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