びんを洗い、地域で回す。
田中商店が熊本で築いた「循環」の原点
1954年の創業以来、熊本でびんや古紙のリサイクルを手がける株式会社田中商店。
2代目・田中利和氏は、南九州の焼酎メーカーを横断した「びん統一リユース」の実現に奔走。さらに、40歳での大病をきっかけに「残りの人生は地域のために」と誓いを立てました。学校と連携した牛乳パックの循環モデルなど、事業と市民活動の境界を越えて挑み続ける田中氏の原点に迫ります。
株式会社田中商店 / 代表取締役 田中 利和 様
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びんの回収・処理からリユースへ。資源を活かすことへのこだわり
─ まず御社の事業内容と、これまでの歩みやこだわりについて教えてください。
当社は1954年に私の父が創業し、現在は27名の従業員とともに、新びん・古びん・洗浄びんの販売を中心に、古紙や紙パックといった資源のリサイクルを行っています。回収したびんは、丁寧に洗浄して目視検査で選別した上で、地元の焼酎メーカーさんなどへ納品しています。びんは洗って繰り返し使える環境にやさしい容器ですから、この循環をしっかり守っていくことが大切だと考えています。
また、リユースが難しくなったびんについても、新たな製品を作るためのガラス原料として出荷するルートを整えているほか、自社工房でガラス工芸品へと生まれ変わらせる「リグラス」も運営しています。このように、集まった資源を循環させて、廃棄物がゼロになることを目指す「ゼロ・ウェイスト」という考え方を大切に、他にもさまざまな取り組みを行っています。
焼酎びん統一化への挑戦と立ちはだかった壁

─ 環境省の「南九州における900ml茶びんの統一リユースシステムモデル事業」でも非常に大きな役割を果たされたと伺いました。
南九州、特に鹿児島や宮崎、熊本は焼酎文化が盛んで、膨大な量のびんが消費されます。ただ、メーカーによって使っているびんがバラバラで、非効率なリユースとなっていました。そこで「メーカーの垣根を越えて同じ規格のびんで統一化し、洗って何度も使い回そう」という実証事業が始まったのです。
ただ、これには壁がありました。例えば、それまで5,000万本あったびんのうち、2,500万本がリユースされるようになれば、びん製造メーカー側の売り上げはその分減ってしまいます。環境のためにリユースを進めるという「総論」には賛成してくれても、具体的なビジネスの話という「各論」になると、みなさん反対になってしまう。これが、直面した大きな課題であり、目の前に立ちはだかった高い壁でした。
─ その高い壁を、どのようにして乗り越えていかれたのでしょうか。
自ら動いて、周りから固めていくしかなかったですね。この事業は、環境省の事業で採択されたものです。環境省の事業ということは、国民の税金が使われているわけですよ。国内の製品メーカーが協力しないとなると、この事業を成功させるためには、このびんを韓国や中国、東南アジアで作るしかなくなってしまいます。
国内の大手製品メーカーさんで構成される「日本ガラスびん協会」という大きな組織があるのですが、そこへ伺い「これは国民の税金を使った事業ですが、海外メーカーに発注することになってもいいのでしょうか」というお話をして説得しました。すると、協会側も海外に仕事を持っていかれるのは困るということで納得し、最終的に協力体制を取り付けることができたんです。日本ガラスびん協会としてびんを製造してもらえることになりました。
─ 壁を乗り越えて始まったびんのリユース事業ですが、現在の状況は?
びん自体はすでに全国にも出しています。ただ、リユースモデルとしてはまずエリア循環を重視しています。距離があると輸送時にCO2を結局どんどん発生させてしまうんです。南九州だけでも清酒・焼酎メーカーは約200社あります。ここで地産地消してぐるぐる回すだけでも、経済的なインパクトがあり雇用も創出される。最終的に、北海道で、東北で、といった各エリアで旗揚げして連携していけば、全国的に盛り上がっていくのではと思っています。
40歳での大病を機に決意した地域への奉仕
─ 非常にタフに動かれていますが、これまでの人生において影響を与えた出会いや転換点はありますか。
ちょうど40歳の時ですね。私は膀胱がんを患ってしまったんです。ある日突然、血尿が出て、血圧が急激に下がってしまって。慌てて病院へ行って手術をすることになりました。その時に執刀してくださった先生から手術の時に言われた言葉が、私の胸に深く突き刺さりました。
「田中さんはこれまで、むちゃくちゃな生き方をしてきたね。あなたは経営者でしょう?自分の体を愛せない奴は、人を愛せないんですよ」と言われたんです。「くさいセリフ」と思ったけど(笑)、そこから変わりました。
無事に手術を終えて退院した後、厄払いをする機会がありました。その時に、今までは会社のためとか、自分のためとか、家族のために生きてきたけれど、あとの人生は「地域のために捧げる」という誓いを立てたんです。ここから自分の動き方が大きく変わっていきました。地域貢献につながる市民活動であれば、もう何でも積極的に参加するようになりました。
学校から始まった牛乳パックの地域循環モデル
─ 具体的にどういった活動をされているのでしょうか?
当社は古紙のリサイクルもやっていますが、地元の小中学生たちと一緒に取り組んでいる、牛乳パックのリサイクル活動があります。これは学校側から相談をもらいました。以前は教育の一環として、牛乳パックを開いて洗って乾かして…ということを多くの学校でやっていましたが、今は減っていて回収業者もいません。量が少ないため、運ぼうとするとお金をかけて処理をしなくてはならず、かえってマイナスになります。
それで、うちでなんとかしようということで「トイレットペーパーを作りませんか」と提案しました。トイレットペーパーという製品に変えて再び学校へ還元する仕組みにしたんです。デザインは全部小中学生が出してくれました。そして完成した製品は「あまくさトレパー」とネーミングして、学校で使い始めました。そのうち、道の駅やスーパーでも取り扱いが開始。1個50円ほどと安価なので、天草のお土産として観光客が購入するようになったんですよ。
これは市民活動としても、プライベートブランド商品としても良いと考え、ほかにも展開しています。トイレットペーパーの梱包作業は障がい者の自立支援にもつながっています。
<会社情報>
| 株式会社田中商店 | |
|---|---|
| 所在地 | 熊本県熊本市南区良町5-22-26(本社) |
| 設立 | 1954年12月 |
| URL | |
| ※情報と肩書は取材当時のもの | |


