3Dデータでものづくりの困りごとを解決
りとるラボが目指す“触れる博物館”という夢
高知県いの町を拠点に、3Dデータを軸としたものづくりの解決屋として活動する「りとるラボ」。前職で培った産業部品の3D設計技術をもとに、2014年にパーソナル3Dプリンター1台から創業した代表の井上加代子氏。産業部品の試作や研究機関の治具製作にとどまらず、地域に眠る文化財のデジタル化、高齢者の暮らしを支える自助具づくりへとフィールドを広げてきました。いつか高知に“触れる博物館”をつくりたいという夢を持つ井上氏ですが、その夢の土台にはどんな歩みがあったのでしょうか。事業内容からBig Advanceの活用法、転機となった出会いについて伺いました。
りとるラボ 代表 井上 加代子 様
産業部品の3D設計から、「りとるラボ」創業へ
─ まずは事業内容や、これまでの歩みについて教えてください。
3Dデータを活用して、あらゆる業界のものづくりに携わっています。もともとは産業部品の機械設計に関わる仕事に15〜16年ほど携わり、そこから独立しました。前職はいわゆる町工場と呼ばれるような加工会社で、入社した当時は従業員14名ほどの小さな会社でした。私はもともと情報系出身だったのですが、3Dに強い関心を持っていた当時の社長のもとで初めて3D CADに触れました。そこでものづくりに使う3Dの技術を独学で学んでいきました。
お客様から届くデータを実際に製作できる形のデータに修正するといった業務を担当し、当時は「3D料理人」という名前でブログを書いたりしていました。
─ 独立されたきっかけは?
2013年、家庭でも使えるパーソナル3Dプリンターが登場し、当時20万円ほどしましたが、思い切って購入したんです。その購入先が、3Dプリンター事業の第一人者である原雄司さんが経営されている会社でした。個人で3Dプリンターを購入して仕事を始めようというのは当時としてはとてもめずらしく、ましてや高知に住む主婦が問い合わせてきた、と社内でも話題になったようで。“異色”として原さんの著書で紹介していただきました。
また、ちょうど原さんの会社のオフィスがあったこともあり、渋谷の道玄坂のファブカフェにもよく足を運びました。店内にある3Dプリンターやレーザーカッターなどの機器を誰でも自由に使うことができるカフェで、「誰もがものづくりに触れられる場」のおもしろさを実感しました。高知のような地方では情報が入ってくるのがどうしても遅いんですが、都会と地方の子どもたちの間には、新しい技術に触れる機会にも格差があると感じました。
誰もが3Dプリンターに触れられる場所を、地方にいても子どもたちが新しい技術を見られるきっかけをつくりたいという思いが創業に至ったきっかけです。2014年5月に屋号「りとるラボ」を立ち上げました。当時は「おもちゃみたいだ」「それで食べていけるの?」とよく言われましたね(笑)。それだけでは生活が成り立たないので、創業当初は前職で培った図面を引く仕事と並行しながら、知り合いの会社から少しずつ仕事をいただいていました。
産業部品から文化財まで。3Dデータが広げる仕事の幅
─ 現在はどのような仕事を中心にされていますか?
現在は、産業部品の試作や企業の開発案件、研究機関の治具製作、破損した部品で現物しかない部品を再生をするリバースエンジニアリングが主な業務です。開発案件は情報管理が厳しく、試作段階のものが多いです。ほかにも個人のお客様からの依頼で「一つだけでもお願いできますか」というお電話をいただくこともあります。ネットや展示会、知人からの紹介などが主な接点ですが、原さんの著書がきっかけで関東方面のかたともつながりができました。「人と人のつながり」で成り立っているのかなと感じますね。
─ 文化財のデジタル化にも力を入れているそうですね。
はい。文化財のデジタル化は、創業当初からやりたいと思っていた分野です。地域には指定こそされていなくても、先人が大切に残してきたものがたくさんあります。これらの文化財は経年劣化や災害により損傷が激しいものもあります。文化財をデジタル化することで、後世に貴重な文化財を残していくことができます。教育委員会などに飛び込みで働きかけていたのですが、なかなか実現には至らず、初めての仕事につながったのは2019年。創業から5年ほどかかりました。
最初の依頼は、つくられた方がすでに亡くなっている木製のお面でした。「その方はもういらっしゃらないけれど、残していきたい」というお話でした。そのときは無償でお引き受けしました。
その後、実際に仕事として引き受けるきっかけになったのは、自然災害伝承碑のデータ化を手がける研究者の方との出会いでした。その方から高知城歴史博物館の山内家墓所のプロジェクトに声をかけていただいて。決まったときは本当に嬉しくて涙が出ました。そこからさらにご縁が広がり、仁王像の修復現場で3Dスキャンからデータ化を担当したこともあります。
また、ある塑像のレプリカ製作では、元美術院国宝修理所主任技師の方が鎌倉時代以降の仏像製作において一般的となった技法である玉眼を入れ、さらに漆の下地から彩色まで手がけてくださいました。まさに「デジタル技術」と「伝統技法」を掛け合わせた一体ができあがりました。3Dの技術だけで完結することは少なく、人と人とのつながりの中でひとつの作品ができあがっていくと常に感じています。
ほかにも、高知城歴史博物館の変わり兜を3Dスキャンして誰もが被れる体験用の兜を製作するなど、文化財を身近に感じてもらう取り組みにも関わっています。昨年は子ども用サイズも製作させていただきました。ご家族で兜を被ってお写真を撮ったり、高知での思い出のひとつになればいいですね。

土佐藩の山内家に伝わる「うさぎ耳なり兜」のミニチュア
年配者の暮らしを支える道具、そして“触れる博物館”という夢
─ ほかにも、高齢の方向けの自助具も手がけられているとか。
そうです。これは昨年、母を看取った経験がきっかけのひとつです。ベッドのまわりにハサミを置いておくのは危ないので、ハサミを使わずに薬の包装を開けられるカッターを3Dプリンターでつくりました。ほかにも、握力が弱くなっても持ちやすいスプーンや、ファスナーを引き上げやすくする補助具、ペットボトルのキャップを開けやすくする器具なども製作しています。また、学校での3Dプリンター授業にも携わっています。

井上氏が手がける3Dプリントした介助用の道具。

一般の方対象のワークショップで、ペットボトルキャップを再利用してつくったモアイ像をモチーフにしたクリップ
─ この先、手がけてみたいことはありますか?
以前、目の不自由な方向けのイベントで、3Dプリンターで出力したものを「触ってください」とお渡ししたことがあります。そのとき、全盲の方から「触ってもどちらが前でどちらが上かわからない」と言われたことがあって……。その方の手を取って「こちらが頭です」とお伝えしたのですが、そのときの経験が忘れられません。
また仁王像の修復現場では、ご住職や仏師の方の説明を聞きながら仁王像の縮小モデルを3Dプリントし触っていただくというイベントを行ったことがあります。目が見える、見えないに関わらず、手で触れながら説明を受けると、とても理解が深まるものだとそのときに強く感じました。
たとえば、私たちが普段何気なく訪れる美術館や博物館も、目の不自由な方にとっては楽しみにくい場所です。そこで地域に伝わる伝統的なものを3Dスキャンし、3Dプリントして「誰もが触れることのできる博物館をいつか高知につくりたい」というのが、私の夢なんです。
※仁王像の修復現場でのイベントの様子は、りとるラボ公式YouTubeチャンネルでご覧いただけます。
Big Advanceは信用と新しい出会いの場
─ ところで、Big Advanceを導入されたきっかけは?
私は一人で仕事をしているため、営業に出る時間がなかなか取れません。金融機関の方に相談に伺った際に「営業はどうされていますか」と聞かれ、無料のポータルサイトはいくつか使っているという話をしたところ、Big Advanceを紹介していただきました。金融機関が勧めてくれるサービスであれば、個人で仕事をしている私にとっても、新しいお客様に対する信用の面でもプラスになるのではと思い、気軽な気持ちで登録しました。Big Advanceのホームページコンテストへの推薦をいただいたこともありました。
─ 実際に活用されている中で、印象的な出会いはありましたか?
えんむすBA(オンライン商談会)の面談では、ものづくりの企業とお話しする機会を得ました。私が得意とする切削加工でお手伝いできないかというご相談で、そのときは納期が合わず、実際のお仕事にはつながらなかったのですが、こうしたきっかけをいただけること自体がありがたいと感じています。
試作加工先を探している企業やファブレス企業(自社工場を持たない製造企業)と協業できればと思い、Big Advanceを通じて探しています。また、当社は機械のサイズがそれほど大きくないので、大きなものは他の加工会社にお願いすることもあります。高知にこだわらず、県外の企業と一緒にお仕事をすることもあります。オンラインでつながれるのも非常にありがたいですね。
─ この『コネクト』の記事でも色々な活用法を紹介しています。ご覧になったことは?
実は今回の取材の前日、『コネクト』の記事を見ていて驚いたことがあって。愛知県蒲郡市にある蒲郡製作所の伊藤さんのお名前を見つけたんです。伊藤さんとは実際にお会いしたことは一度もないのですが、ブログがまだ盛んだった20年近く前から、ネットでつながっている間柄で。当時は仕事の後に、製造業の方たちとチャットのやり取りをしていて、「今忙しい?」など近況を話したり、雑談をしていたんです。その後も難しい案件があったときには、年に一度あるかないかくらいのペースでメールをやり取りしていました。今はFacebookでつながっている程度ですが、昔から本当におもしろい方。まさか『コネクト』でまたお名前を見るとは思わず、うれしい驚きでした。

りとるラボの製作現場
人との出会いが、今の仕事につながっている
─ これまでで、特に印象に残っている出会いはありますか?
そうですね、印象に残っているのは、前職の社長との出会いです。3Dをやりたいという話になったとき、社内で一番パソコンが得意だったという理由で、営業アシスタントだった私に声をかけていただきました。あのとき抜擢されることがなければ、今の仕事はしていなかったと思います。
もう一つは、先ほどお話しした原さんとの出会いでしょうか。原さんが東京でイベントを開くたびに声をかけてくださったおかげで、3D業界のかたと横のつながりができ、今でも相談し合える関係が続いています。この二人との出会いがなければ、今の自分はいなかったと思います。
─ “つながり”を大切にしてこられたんですね。では最後に、今後の展望を教えてください。
3Dはあらゆる業界で活用が広がっている技術です。これからも人との出会いやご縁を大切に、産業部品から文化財、福祉の分野まで、3Dデータを軸にものづくりに携わっていきたいと思っています。そして、いつか高知に“触れる博物館”をつくりたいという夢も、少しずつでも形にしていきたいですね。
<会社情報>
| りとるラボ | |
|---|---|
| 所在地 | 高知県吾川郡いの町波川2568-1 |
| 設立 | 2014年5月 |
| URL | |
| ※情報と肩書きは取材当時のもの | |


