2026年06月11日

下水道も、廃棄物も。茨城の清掃業・俐玖
未経験から地域インフラを支えるまでの7年間!

茨城県土浦市を拠点に廃棄物収集運搬・管渠清掃業を手がける株式会社俐玖(りきゅう)。2018年、業界未経験の母が一から立ち上げた会社に、専務取締役の山中氏が「男手が必要だから」という理由で入社。業界知識ゼロ、受注ゼロ、銀行にも断られ、失敗を重ねながらそれでも地域に根を張ってきました。7年経った今、受注の8割を官公庁案件が占めるまでに成長しています。「大きな目標はない」と笑う33歳の山中氏。その言葉の裏には、揺るぎない仕事への矜持と、人とのつながりを何より大切にする経営哲学がありました。

株式会社俐玖 専務取締役 山中 泰士 様

素人が廃棄物業界へ──「気づいたら会社が生まれていた」

御社の事業概要を教えてください。

大きく分けると、廃棄物の収集運搬業と管渠清掃業の2本柱です。管渠清掃(かんきょせいそう)というのは、下水道や側溝といったインフラの清掃、それから県の浄水場や企業局の設備清掃なども手がけています。まとめると「清掃業」ということになりますね。

仕事は24時間対応で、寝ていても電話が来ます。国・県・市と、官公庁のお仕事を請け負っているので、それこそいつ呼ばれるかわからない。生活インフラに関わる仕事なので休んではいられません。

2018年の設立ということですが、それまでの経緯を教えてください。

特にストーリーがあるわけではないですよ(笑)。

起業したのは代表の母で、私は専務取締役です。母は教育委員会の活動で、国内で不要になったランドセルを海外に送る事業に関わっていたんですが、余ったランドセルが廃棄物になってしまうことをきっかけに、この業界に興味を持ちました。そこから資格を取りに行って……気づいたら会社が生まれていた、という感じです。私は「男手が必要だから」と立ち上げのときから入りました。業界経験はゼロ。本当に素人がいきなり飛び込んだんです。

受注ゼロ、銀行にも断られ。一歩ずつ積み上げた実績

一から事業を始めたとのことですが、設立直後の状況を教えてください。

会社の設立は2018年ですが、廃棄物収集運搬業として実際に動き出したのは2年後です。会社はあっても受注がない、設備投資の資金も十分にない状態でした。

そこで始めたのが室内のお掃除の仕事です。清掃業として仕事をもらい、清掃の現場で廃棄物が出れば「ゴミも当社で処分しますよ」と声をかけて、必死に食いついていきました。小さな仕事を一つひとつ拾い上げながら、徐々に廃棄物の仕事を増やしていきました。建前上は「廃棄物収集運搬業です」と言いながら、実態が伴うまでには時間がかかりました。

資金面も本当に苦しかったです。廃棄物収集運搬業は設備にお金がかかる業種なんですが、最初の1年くらいは金融機関にも相手にしてもらえませんでした。それでも諦めずに続けた結果、取引をしてくださる金融機関に出会えた。あの時期があったからこそ、支えてくれる人への感謝は忘れられないですね。

官公庁の仕事が中心と聞きましたが、そこに至るまでの道のりは?

この業種は廃棄物にしても管渠清掃にしても、一般企業より官公庁からの案件が圧倒的に多い。最初はそれも知らなかったので「なんでこんなに仕事が取れないんだろう」と悩みました。

ところが、いざ官公庁から仕事を得ようとしても、入札に参加するには許認可を揃えるだけでは足りません。「設立から2年以上」「同種案件の履行実績があること」といった条件が次々と出てくるんです。まずは実績を作らなければならないのですが、案件が取れなければ実績は作れない、実績がなければ案件は取れない──この堂々巡りを崩すために、ひたすら頭を下げて回りました。どうにか下請けとして実績を積んでいき、ようやく元請けとして入札に参加できるようになりました。

そこから関係を築いて、今では受注の8割が官公庁案件です。7年かけてそこまで積み上げてきました。正直、今もまだ大変ですけどね(笑)。

数千万円の大型トラックがまさかの失敗に。これが本当の「勉強代」

廃棄物収集運搬と並んで、下水などの管渠清掃も手がけるようになった経緯を教えてください。

仕事がない時期に、日当払いで下水清掃の手伝いに呼んでもらったことがありました。やってみたら面白くて、採算をざっと計算したら「これはいける!」と感じたんです。それで代表に相談して、すぐに車を買って資格を取って参入を決めたんですが……そんな簡単じゃなかったんですよ(笑)。

まず車を選ぶところから失敗しました。数千万円もする大型の車を買ったんですが、いざ現場に出てみたら大型車のニーズがあまりないことが分かりました。小回りが効く小さなサイズの方が需要があったんです。結局、その車を売却して、改めてニーズに合った車両を買い直すことになりました。

口で言うと簡単ですけど、数千万円の車を売って買い直すというのは、現実には相当な損失です。これが本当の意味での「勉強代」でしたね(笑)。それでも私が「あれをやった方がいい、これをやった方がいい」と話を持ちかけるたびに、代表はいつも信じてGOを出してくれていた。振り回してしまったと思いますが、その信頼を裏切っちゃいけない。それが今も自分を動かしています。

この失敗があってからは、きちんと需要を調べてから動くようになりました。車一台で3,000万〜4,000万円という世界に参入できる業者はそう多くない。今は設備も揃い、資格も私自身がすべて取得しています。高い勉強代でしたが、それが今の強みになっています。

大変なことも多いと思いますが、それでもこの仕事を続ける理由は何ですか?

たとえば下水が詰まって住民の方が困っているところに緊急で駆けつけると、本当に喜んでもらえる。人助けと仕事が重なる、この仕事ならではの瞬間です。また、お一人で亡くなられた方のご自宅の片付け、法的手続きに伴う現場対応、災害時の廃棄物処理、そういった厳しい現場もあります。裏方の仕事だからこそ、普通では見えない人生の現場に立ち会うことが多い。大変ですけど、人生の勉強になっています。

求人広告に頼らず人が集まる。人とのつながりが会社を動かす

採用や職場環境で大切にしていることはありますか?

実は求人広告を使ったことは一度もありません。従業員は全員、後輩や知り合いなど、人脈から来てくれた人たちです。一番長い従業員が今21歳で、在籍3年ほど。若いメンバーが多いですね。汚れ仕事で免許も必要、給与もそこまで高くない。採用も雇用維持も、業界全体の課題ですが、当社に関しては辞める人はほとんどいません。

うちはアットホームの「人間成長型」の会社だと思っています。会社って、生活の中で一番長くいる場所じゃないですか。ここを辞めた後でも通用する人間になってほしいという気持ちで、人を育てることには力を入れています。スマートフォンも車もお金で買えますけど、人は絶対買えない。だから人とのつながりを何より大切にしています。

─ 人とのつながりで、大切な出会いはありますか?

間違いなく、青年会議所(JC)です。求人広告を出さずにやってこれたのも、このネットワークがあるからです。JCがなかったら、ここまでできていなかったと思います。

20~40歳の地域奉仕団体で、経営者が多く集まっているので、ビジネス面での影響もかなり大きいです。私が所属するつくば青年会議所はつくば市と連携していて、不法投棄ゴミの片付け事業や、市民参加のゴミ拾い活動「キレイキレイ大作戦」で出たゴミの処理を当社が担うなど、地域の清掃活動に直接関わっています。2年前には、青森ねぶた祭りのねぶたが練り歩くつくば市最大の夏祭り「まつりつくば」の実行委員長も務めました。毎年40万人以上が訪れる大きなお祭りなんですよ。JCで培った人や地域とのつながりは、本当に一生の財産です。

地域に根付き、地元に貢献──俐玖が目指す会社の姿

今後の展望を教えてください。

大きな目標は特にないんです。今は会社の規模に合った受注が軌道に乗っています。これを維持しながら、利益率を上げていくことに注力しています。

この業界は売上をぐんと伸ばすより、同業他社と共存共栄しながらやっていく性質のもの。そういう中で、地域に根付いて、少しでも地元に貢献できる会社であり続けることが何より大事だと思っています。インフラを支えている、そういう誇りを持てる仕事です。大変だけど、面白い。それに尽きます。

個人的には最近結婚したので、仕事や付き合いで忙しくても、きちんとお家に帰れる人間になることが当面の目標ですかね(笑)。

<会社情報>

株式会社俐玖
所在地 茨城県土浦市中1325
設立 2018年1月
※情報と肩書は取材当時のもの
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