2025年10月16日

「父のバネを宇宙へ」
町工場・杉浦発条3代目が挑む宇宙への道

愛知県高浜市で58年続くバネ製造会社、有限会社杉浦発条。3代目社長の杉浦弘則氏は、祖父の営業力と父の職人技術を受け継ぎ、「父のバネを宇宙に」という想いから宇宙産業に参入。小さな町工場が人工衛星のアンテナ展開用バネや宇宙ステーション実験装置の製造に挑戦し、見事に宇宙機に搭載されました。一方で農業分野にも進出し、愛知県の公募事業でキュウリ農家の課題解決に取り組んでいます。4年前の経営危機をきっかけに「結果より気持ちを重視」する独自の経営哲学を確立しました。Big Advance商談会の初体験も交え、人とのつながりを大切にした町工場経営の真髄を語っていただきました。

有限会社杉浦発条 代表取締役社長 杉浦 弘則 様

3代目社長、父への想いから始まった宇宙への挑戦

─まず、御社の事業概要と歴史について教えてください。

当社は今年で59年目を迎える愛知県のバネ製造会社です。祖父が初代で営業一筋、父が2代目で職人一筋、3代目の私は営業と製造の両面を担っています。

愛知県は自動車産業が盛んですが、当社は自動車部品そのものではなく、県内の中小メーカーの設備用バネを手がけていることが特徴です。自動車、農機具、ラックやガスコックなど5、6業界と幅広くお付き合いし、ある業界が下火になってもバネには需要があるということで、ここまでやってきました。

─現在話題の宇宙産業にも参入されているそうですね。

宇宙産業への参入は2021年夏頃です。

きっかけは、私自身が宇宙に興味があったというより、父のバネを宇宙に行かせてあげたいという想いからでした。父は生粋のバネ職人で、私は「世界で一番すごい人」だと思っています。だからこそ、父の技術を私以外の人にも認めてもらいたかったし、「職人なめんなよ」という気持ちがありました。父のバネを世界が認めてくれるのは何か、父の仕事に名誉を与えてくれるのは何かと考えて、宇宙だ、と。

そんな想いを抱いていた時、テレビで「誰でも入れる」という人工衛星を作るサークルの紹介を見て参加しました。私自身は宇宙にも天文にも素養はありませんでしたが、サークルに所属したことで爆発的に宇宙の仲間が増えました。

不思議なことに、ちょうど同じ時期にある大学から人工衛星用のバネができないかという打診もあり、宇宙が近くなるタイミングが重なったんです。

完全に父への想いから始まった宇宙への挑戦です。

町工場の超精密バネが宇宙へ 目指すは宇宙の常連

─どのような宇宙用のバネを製造されているのですか?

現在手がけているのは、人工衛星のアンテナ展開用のバネです。人工衛星のアンテナはコンパクトにたたまれた状態でロケットに搭載され、宇宙に出てから縛ってある線を切るとパーンと開きます。その展開時に使われるのが当社のバネです。無重力だから、小さなバネでも大きな力を発揮できるんです。

スペースX社のファルコン9というロケットに積まれて打ち上げられる予定で、現在はアメリカにあります。(2025年8月24日、無事に打ち上げに成功)

─他にもプロジェクトがあるのですか?

実は先ほどお話しした人工衛星のバネは「宇宙二号」です。「宇宙一号」は人工衛星のプロジェクトよりも後にできたご縁だったのですが、人工衛星のプロジェクトを追い抜いて2024年に当社のバネを宇宙に連れて行ってくれました。

「宇宙一号」は、バネではなく鉄板を作れるかという問い合わせから始まりました。「うちはバネ屋だぞ」と思いながら鉄板を作って依頼主のところに持参したところ、ある部品を見せられて「ここにバネが使われているの見える?1週間でこれより良いバネで作れる?」と言われたんです。

試作したバネを気に入ってもらえて「良いバネだったから載せてやる」と言われ、企業の宇宙機に搭載されました。飛び級で宇宙に行ったバネですね。

大学の人工衛星部品など、「宇宙三号」「宇宙四号」の試作が進んでいて、このまま宇宙の常連になることを目指しています。

多種多様なバネを製造している

宇宙ステーション用実験装置の開発

─国際宇宙ステーション(ISS)関連のプロジェクトもあるとお聞きしました。

宇宙ステーション内の実験装置に使われる部品を作らせていただいています。人がいる宇宙ステーション内で使用するものなので、厳しい基準をクリアする必要があります。

例えば、部品の先端が尖っていたら危険なことは容易に想像できますが、果たしてどの程度であれば宇宙空間で安全なのでしょうか。有人機の安全基準を理解している人は少ないのですが、当社は宇宙ステーションの提案から開発、打ち上げまでに関わった先生からアドバイスをいただいているのでクリアできます。その先生とは友達から始まった関係で、現在は当社のアドバイザーです。こういった仲間がいるからこそ製造できるんです。

─宇宙用バネの製造で苦労される点はありますか?

無重力での実験はなかなかできません。例えば北海道にある落下実験施設で、ほんの数秒間無重力状態を再現できるのですが、費用がかかる実験ですから基本的に一発勝負です。

また、ロケットの振動に耐えられる商品であることは必須条件です。ロケットの種類によって揺れ方が異なるので、揺れを模擬したシミュレーターで振動試験を行い、問題がないことを証明をしてから出荷します。

製造も大変で、手作業で超精密バネを作らなければなりません。数個作って全て検査に出します。同じように作っても僅かな違いが出てくるので、数値の近いものを選んで出荷しています。

宇宙に行ってちゃんと機能して初めて当社のバネが役に立ったということになるので、その時までずっと緊張します。

「何をやるかより誰とやるか」に気付いた講演会

─これまでのキャリアの中で、転機となった出会いはありますか?

宇宙サークルの代表がある企業の技術部会で講演することになり、私も登壇させていただくことになったんです。会議室には技術職の方が100人ほど集まり、社長さんが最前列に座っていて、リモートでも多くの方が参加された大々的な講演会でした。

私はそんな大勢の前で話すことは初めてで、分からないなりにプレゼン資料を作るなど試行錯誤していた時、サークルの代表が私のことを全力でサポートしてくれたんです。

それまでも知っている方でしたが、その時初めて「この人と何かやるのって、すごく嬉しい」と思いました。「何をやるかじゃなくて、誰とやるかがめちゃくちゃ大事」ということを強烈に実感しました。

それ以来誰かと会う時は、ビジネスの相手だから会うのではなく、会いたいから、楽しいから会うということに重きを置いています。

町工場が農業に進出 キュウリ農家の課題解決に挑戦

─宇宙以外にも農業分野に参入されていますね。

キュウリ農家の方から農業資材のフックをもっと良くできないかという相談を受けて、試作品を作ったことがありました。その一度でお取引は終わりだったのですが、その方から「愛知県の公募が出た」と連絡をいただいたんです。

「あいち農業イノベーションプロジェクト」という農業分野の技術革新を目指す企画で、「キュウリのつるの誘引作業で両腕を上げるのが辛い。時間も人手もかかる」という生産者の声から生まれた募集項目があったんです。「安価で使い勝手のよい誘引器具の開発・改良」というまさに当社のためのような公募でしたが、コンペに勝てる企画書を書ける自信がなくて尻込みしていたんですね。

それでも一緒に考えてくれる仲間がおり、皆さんの力を借りて申請書を作成しました。結果、当社が採用され商品開発を行うことになり、現在2年目です。この縁で、農研機構の職員の方をはじめ、県職員の方や農業系の大学教授の方ともつながりました。

商談会初体験で実感 ビジネスは人と人のつながり

─今回Big Advanceの商談会に初参加されましたが、いかがでしたか?

実は商談会は初めての体験でした。ビジネスライクな方が苦手で少し心配していましたが、いらぬ心配でとてもカジュアルにお話ができました。お会いした方は建設業界の方で、「会社の課題や展望、個人的な夢など不躾ながら興味本位でお伺いした質問にも気さくに話してくださいました。

こういう話を聞くことが好きなのでとても楽しい時間でしたし、「自分の会社だけでなく、建設業界全体を良くしたい」とおっしゃっていて、とても勉強になりました。自分の会社だけでなく業界を支えたいという想いは、バネ業界を良い方向に持っていきたいという私の気持ちと重なるものがありました。

商談会といっても、結局は人と人のつながりなんだということを実感しました。事務所にいる時と近い感覚でしたが、事務所にいては出会えないような意欲的な方々に出会えるのが魅力的でしたね。こんなにカジュアルなら、みなさんもっと積極的に使えばいいのにと思いました。

経営危機から得た新しい価値観 結果より気持ちを重視

─4年前に経営危機があったとお聞きしました。

祖父の代からの取引が縮小して経営が良くない状況になってしまいました。悩んだ末に出た答えは「この会社を盛り立てたい」ではなく「潰れてもいいからやり切りたい」ということでした。「やりたいことをやって満足して死ねたら幸福だ」という価値観に変わったんです。従業員に対しては非常に無責任な考えですけど(笑)。

成すか成さないかではなく、どういう気持ちで生きたかの方が大事。従業員にも「結果より、今どんな気持ちで働きたいかを大切にしなさい」と伝えています。彼らから「絵を描きたい」「ステッカーを作りたい」といった要望があれば、実践できる環境を作っています。

従業員は6人から12人に増えまして、できることは広がりましたが課題もまた見えてきました。それでも彼らがやりたいことに挑戦できる環境を守りたいと考えています。

─会社経営で一番大切にしていることは何ですか?

会社より、個々が成長することを優先しています。個々が得たものが、残りの人生を通じてバネに生きるかもしれないし、バネが売れないのなら他のものを売ればいい。継承するものは血だけではなく魂もあると思うんです。魂の一部や意識の一部を継いでいけば、それで良いと考えています。

そして私にとって成長とは人とのつながりを深めることで、友達づくりが一番楽しいです。宇宙と出会ってからのこの4年は、特に「人」という財産に恵まれています。私と関わった人が「杉浦と会って良かった」と思ってくれたら、それが一番です。私と関わったことで、その人の人生に何かしらのお土産があればいいなと思っています。

<会社情報>

有限会社杉浦発条
所在地愛知県高浜市論地町2-5-5
設立1967年8月
URL

https://s-spring.jp/

https://www.big-advance.site/c/127/1281

※情報と肩書は取材当時のもの
※一部画像は杉浦発条様提供
  • SNSシェアこの記事をシェアする

関連記事を探す

アクセスランキング

  • オンライン面談実施中