地方創生インタビュー vol.1
人を育てる街、井波
理想を語り、旗を立てる『間の世代』の挑戦

若者が移住し、店を開き、成長していく街がある。
富山県南砺市井波。人口約7,500人のこの街で、若い移住者たちが自分の店を持ち、コミュニティをつくっています。彼らを見守るのは、株式会社島田木材代表取締役で一般社団法人ジソウラボ代表理事の島田優平氏(48歳)。250年以上続く井波彫刻の街で、「時間をかける価値」を信じ、若者の成長を支える「間の世代」としての役割を担っています。
株式会社島田木材 代表取締役社長/一般社団法人ジソウラボ 代表理事 島田 優平 様
一般社団法人ジソウラボとは
日本遺産に認定された富山県南砺市井波で、2020年、業種の垣根を越えたメンバーが立ち上げた組織。人口約7,500人の小さな街で、人口減に伴う様々な問題を積極的に解決し、”人材輩出のまち井波をつくること”をビジョンに掲げる。地域起業家を県外から募集し伴走するプロジェクト”BE THE (MASTER)PIECE”を展開。「未来に残る街とは人が育つ地域である」という考えのもと、伝統を未来に継承し、100年後にも文化を継承できる仕組みづくりに挑んでいる。
若い世代の「共鳴」が生んだコミュニティ
―ジソウラボの立ち上げから5年、井波に移住してくる若い方が増えているそうですね。
最初はパン屋さんが来て、それからコーヒー屋、ビール屋、宿屋、古着屋、美容室。150メートルぐらいのストリートに、若い経営者がババッと集まりました。僕は若い人の共鳴だと思ってるんですよ。響き合うというか。
観光地でもないし、観光客がたくさん来ているわけでもない。街の中心にお寺があって、井波彫刻が文化の中心にある。ものづくりの街だから職人や芸術を受け入れる懐があるからか、自分のペースでやれる。ある意味ハードルが低いと言いますか。穏やかな街の中で、自分の道を作っていきたいという人たちが集まってきてくれています。
僕らジソウラボのメンバーは、若い経営者とは良い距離感を保っています。すでに彼らのコミュニティーができていますから。「こんなことやったら面白いんじゃないか」と企画をしてくれたり。次の世代がそうやって生まれてるっていうのが素晴らしい。
「地域の大人」として若者を育てる
―若い世代と距離を保ちつつ見守るという視点を感じますが、どのようにお考えでしょうか。
実際、少子化は加速しています。僕は今48歳で、僕の同級生は井波に160人いました。今の子どもたちは同級生が30人から40人ぐらい。南砺市全体でも150人しかいません。
とてつもない早さで子どもたちが減っています。自分の子どもだけに目を向けていると、視野が狭くなって、地域全体のことを考えられなくなる。
僕らはもう、自分の子どもだけではなく、地域の若い子らを見ないといけない。地域に生きてくれた若い子として見守って、育てていく。それを大人ができれば、地域の子として育っていくんじゃないかな。
お年寄りも同じです。自分の親や祖父母だけでなく、地域のお年寄りとして見る。そうしていかないと、人の関係も崩れるし、みんな生きづらい世界になっていく。
―地方移住のネックとして、若い移住者と頑固な年配者との軋轢があると思いますが。
頑固な方はいて当たり前です。僕らが間に入って、ちゃんと支えられるかどうかです。移住してきた若い子たちが直接嫌な思いをしないように調整することが役目です。
間に入ってる僕ら世代が、若い子たちのことを思って真剣に向き合い、汗を流している姿を見せないと。自分たちのことをちゃんと考えてくれている人がいる、とわかってもらうことが大事です。そうすれば、若い子たちが年を重ねて狭間の世代になった時に「あの時こうしてくれた」と思い出してくれます。そういうサイクルを作っていくしかないですよね。
僕らがずっと生きられるわけでもない。結局、僕らはきっかけを作るしかない。それができる世代も、僕らが最後じゃないかなと思います。
次の若い世代に行くと、あんまりその意識もなくなるし、若い人たちだけみたいな世界になってしまいます。僕ら40代前後は、上の世代の気持ちも分かるし、下の世代の感覚もかじっている。だから、ちゃんと世代をつなぐという役割を責任持って担わないといけません。
井波の場合は、僕だけじゃなくて、同じように思ってくれてる人が何人もいる。それがジソウラボであり、今一緒に活動してる人たちです。

井波がある砺波平野
文化庁の大型事業採択――新たなスタート
―それでは、ジソウラボの今後の展開について教えてください。
今年の10月に、文化庁の「本物の日本文化を体験する観光拠点整備事業」に採択されました。全国8か所のうちの1か所に、井波が選ばれました。
事業自体は複数年の計画を想定していますが、補助金は単年度ごとに交付され、1件あたりの補助上限は約1億2,500万円です。ハード整備にも人材育成にもデジタル活用にも使えます。僕らとしては、ハード面に使えることが大きいですね。空き家を再生してレストランや宿泊施設を作ったり、体験型観光ができるようにしたり。
―人材育成という面では、どのような目標を立てていらっしゃいますか。
今まで僕らが関わってきた人は30人ぐらいいます。観光に来るだけではなくて、ここに住んで活躍する、いわゆるプレーヤーです。今回の事業で、5年でプラス30人ぐらいのプレーヤーを育てたいと思っています。もっと言えば、活躍に留まらず、将来を担う人材を育てられる人たちを、この地域に呼び込みたい。そのための仕掛けづくりをしていこうと考えています。
今まで小さな点、ポイントみたいな形で人づくりに打ち込んできたのを、次のステージに乗せて、もうちょっと広く捉えたい。この人たちがさらに今後活躍できる環境を整えるための、もう1つ大きな環境づくりというのを、僕らはしていきたい。
でもね、それをジソウラボという組織がやるべきなのかというのは、また別の話です。組織にこだわりはありません。この井波という街全体を俯瞰で見た時に、どういう階段を上っていくかっていう視点で見ると、ジソウラボは組織の形を変えていかないといけないなって話はしてます。
次のフェーズは「経済づくり」
―次のステージに進むために、井波が抱えている課題について教えてください。
若い人が移住してくれているといっても、井波には問題が山積しています。工場が撤退しようとしてるし、人口も減って、消費活動もだんだんと落ち込んでいます。弱まっていく今のフェーズを、僕らは食い止めて、ピンチをチャンスに変えていかなければなりません。
一方で、井波彫刻は、世界的にも注目されています。1763年に火災で焼失した瑞泉寺の再建のために京都から派遣された彫刻師・前川三四郎が、地元の4人の大工に技を伝えたのが始まりです。以来250年以上にわたり、その技が守られ伝えられてきました。2018年には「木彫刻のまち井波」として日本遺産にも認定されています。
井波彫刻という文化への注目は高まっているけど、経済が下がっている。このギャップを埋めることができれば、井波はさらに飛躍できるんじゃないかと思っています。だから、弱っている経済を支えることが、僕らの次の課題です。
―つまり、次のフェーズは「経済」にフォーカスするということですね。
そうです。経済が豊かになれば、おのずと彫刻が欲しいなど、文化活動に目が行くようになります。
ただ、大きな工場を作って、地域に関心のない人たちを増やしたところで、僕らの街にとってはあんまり健全ではないと思うんですよね。これまではその方法で良かったんだと思います。でも、これからの街づくりは工場誘致に頼ることは違うだろうと。
とはいえ経済は必要なので、どう作っていくかというのが、僕らの世代の課題だと思っています。
―そうした地域づくりを進める上で、行政とはどのような関係を築いていらっしゃいますか。
行政とはコミュニケーションを密に取っています。僕らの取り組みには行政の応援、制度的な支援が不可欠です。僕らもアプローチするからには、その税金が僕らの取り組みになぜ必要なのかということをきちんと説明できないといけない。どう説明できるか、どう大義名分を立てられるかということは、常に行政とお話ししています。
“旗”をちゃんと立てながら進むっていうことが、とても重要なことです。それは行政に対してだけでなく、市民の皆さんにも「この大義の旗のもとにやってます」と示すことが必要です。
まずは切り開ける人たちでチームを作って、旗を立てて、ついてきてくださいねって感じにしないと進みません。
―チームを作ると言われましたが、チームは重要でしょうか。
やっぱりチームは必要ですね。地元の人と、外から来た人が混ざらないとうまくいきません。地元の人だけでも、外から来た人たちだけでも無理。そして、その混ざる人たちが、この地域のことを想っていることが大切ですね。地域愛というか。
ジソウラボの立ち上げメンバーも、井波出身の人もいれば、富山市や南砺市の他の地域から来た人もいます。でも、みんな井波のことを想ってくれている。そういう気持ちがあることが重要だと思います。
井波彫刻が教える「時間をかける」価値

瑞泉寺山門の唐狭間(からさま)に施された彫刻
―井波という街が持つポテンシャルについて、どうお考えですか。
彫刻師は、もちろんすぐに彫れるわけではなくて、5年間弟子入りをして、5年の年季が明けて初めて一人前の職人になっていく。これまでに800人ぐらい、そうやって職人さんが生まれてきました。
そういう意味では、人を育てる土壌というのがこの町にはあります。
僕が最近考えているのは、熟成というか、変化していくことをコンセプトにしたいなと。あるところにたどり着くまでの過程を、井波で過ごす。井波が熟成させる場所になっていけばいいなと思ってて。
「時間をかけることが価値になる」ということが実感できる場所。例えば「5年間井波にいました」って言ったらその人の成長が分かる。そういう場所でありたい。
井波から車で30〜40分のところに金沢大学があって、1万人の学生がいます。学生にここで就職してくれという話ではなくて、学生時代の数年間をここで過ごすことで、何か自分なりに成長する、もしくは何かに気づいてくれる。そういう場所であってほしいなと思っています。
最近の世の中は「最新」しか目に入らないというか。腐ったら、枯れたら終わり、賞味期限を過ぎたらダメ、住宅も30年たったらダメ、そんな話ではなくて。時間を経たものをどうやって使っていこうかとか、どうしたらもっと味が出るかとか。そういう知恵がだんだん薄れてきてるじゃないですか。
彫刻の「削り直す」という発想のように「これはもう一度手を入れれば使える」とか、「時間をかければもっと味に深みが出る」とか、そういう価値観を大切にする素地を、この街は持っていると思います。

左:島田 優平 氏 / 右:株式会社ココペリ 代表取締役CEO 近藤 繁
若い人たちが伸びる場所を目指して
―最後に、島田さんが思い描く地域の未来について教えてください。
若い人たちが伸びるような場所であるべきだろうなと思います。
それは、なるべく多くの選択肢を持てる環境を作っていくということです。田舎には選択肢がないと思われがちですが、井波では可能性を追求できる。
「自分って認められてるな」「自分って意味があるよね」って実感できる。そういう生き方ができる場所でありたいですし、環境を作っていきたいです。
金沢、富山、高山が近くにあり、名古屋まで2時間30分で行ける。決して不便ではない。それをどう捉えて、自分の可能性にできるか。その可能性を感じられる人を、ここで育てていく。それが僕らの役割だと思っています。
■編■集■後■記■
島田さんの言葉の端々に感じたのは、深い責任感でした。
若い移住者と年配者の間に立ち、調整する責任。ジソウラボという組織を次のステージへ導く責任。そして何より、移住してきた若者たちの成長を見守り、支える責任。「間の世代」としての役割を、島田さんは強く自覚されていました。
「僕らがずっと生きられるわけでもない。結局、僕らはきっかけを作るしかない」――その言葉には、今この瞬間に自分たちがやるべきことへの覚悟が込められています。
井波という小さな町から始まる地方創生の形は、誰かに任せるのではなく、自らが責任を担う人たちによって、静かに、しかし確実に進んでいます。
<会社情報>
| 一般社団法人ジソウラボ | |
|---|---|
| 所在地 | 富山県南砺市本町3-41 2F |
| 設立 | 2020 |
| URL | |









